2012年2月27日月曜日



仕事が日勤になってから

1日がすごく短くて

1週間がすごく長くて

びっくりしながら生きている


夜勤だった頃は

1日はもっと長くて

1週間は短かった


比較すると

1日は半分になったし

1週間は倍になった


不思議だなあ

世の人たちは

こんな時間の中で生きていたのだな

私はパラレルワールドで生きていたんだ


なんか少し ねこみたいだな


私がどんな濃度であなたのことを考えていたか

あなたがわからないのは当たり前だったのだな













2012年2月20日月曜日



お昼

掃除機が苦しそうに出していた音が

蝉の声に聞こえて

顔を上げたら

窓を開け放っていて

窓の外の公園が見えて

とても日が射していたものだから

余計 蝉の喧噪に聞こえて

しばらくの間 幻聴を大切に保ち続けた

しばらくの間 ちょっと静かにしていた














2012年2月14日火曜日


愛という言葉は

中国語だ

本を読んでいたら突然思い出したように理解した

それで少し見た個人の見解もちょっとおもしろかった

いろいろ勝手に抜粋してすみません


日本語の愛という言葉と文字の由来をおしえてください


中学か高校の頃の教科書で、
日本にキリシタンが伝来したころ、愛ということばが日本語にはなかったので、困った宣教師たちは、ご大切、という単語をつかって布教活動をした、
…というエピソードを学んだ記憶がありました。

でも考えてみると、「愛という漢字」は古くから中国から伝来してあっただろうに?と思うのですが、
日本語での、愛、という文字とことばの意味には、どんないきさつがあって今のような「愛」が出来あがったのでしょうか?

なんか質問文の日本語がうまく言い表せないのですが、ピンと来て下さった方、どうかよろしくおねがいします^^


「愛」という字は割と古くから伝えられていたようです。「愛染明王」は弘法大師が伝えたといわれていますね。
 「愛染明王」の「愛」は性愛のことで、この明王様はそういった行為を否定しなかったことから、遊女などの信仰を集めたそうです。
だからといって、決して卑猥な意味合いで使われていたわけではなさそうで、上杉家の家臣だった直江兼続の兜の前立てに「愛」の字が使われています(「トリビアの泉」でも取り上げられたことがあります)。


わあ、これは大変勉強になりました!
こんな仏さまがいらしてくださってたのですね。

愛染かつら、の清い純愛ドラマのイメージでしたので意外でした!
往年のエロスの女王愛染恭子さんの芸名は愛染明王にあやかったのかも?ですねえ^^


西洋世界ではフロイト博士がリビドー説をとなえるまで性愛の人間根源説は認めようとされなかったことを考えると、本当に西洋人が仏教の精神世界の高度さにあこがれるのが初めて納得できた気がします。

>上杉家の家臣だった直江兼続の兜の前立てに「愛」の字が使われています
なるほど、愛染明王がとても怖い仏さまだという説明を読むと、強い武人の象徴として兜に印をつけたい気持ちがわかる気がします!


ご質問の主旨とちと、ずれてるかもしれませんが・・。

古来の日本語がそもそも持っていた「愛」の意味は
性愛のことだったと聞きました。
愛人・愛欲という単語がそれを髣髴とさせるよい例です。

宣教師たちが見つけた「愛」という言葉は
キリスト教ではむしろ嫌っている肉欲・性愛 etcの
意味合いだったので使うことができず
やむを得ず他の表現を探したのでしょう。

しかし、当時の日本人は
 (今も存分にその傾向がありますが)
本当の意味で大切な人への愛を表現しませんでした。
妻や夫に、あるいは親や子に
好きだ、というような表現がなかった。
せいぜい、母上を大切にしなさい とか
だんな様を大切に思います  くらい。
それで「ご大切」 を採用したのでしょう。

愛 という言葉が性愛から離れて普及し始めたのは
明治以後、新しい訳で出た聖書がきっかけと聞きました。

こちらもキリスト教がきっかけとは
面白いものですね。


中国にもともとあった「愛」はどんな意味合いだったのでしょうか。
今の中国人たちは 純粋な家族間の愛情を
どんな字(表現)であらわすのでしょうか?


「愛」は、altosaxさんが書かれているようにキリスト教で、神が人々を救ってくれる恵みの心のことですね。

「愛」は、「旡」(カイ)から来ています。この旡とは、人が胸を詰まらせて後ろにのけぞった様を表しています。
「愛」=「心+夂(おくれる=足をひきずるの意)+旡」で、心がせつなく詰まって、足もそぞろに進まない様を言います。
「哀」(胸が詰まってせつない)ともきわめて近い言葉です。

漢和辞典からの引用なので、分かりずらいとこもあるかもしれませんが、意味は大体こんなところです。




平安文学で「愛」は「愛(かな)し」と読ませ《いとおしみ離れ難い心境をあらわす》
のだそうです。

“日本で最も多くの本を読んだ男”とも称される亀井勝一郎
「愛の無常について」という本があります。

「人間であるかぎり、愛とは巨大な矛盾であります。
 それなくては生きられず、
 しかもそれによって傷つく。

 あるいは、愛とは偉大な虚偽だと言えましょう。
 これによって人々はむすびつき、
 同時に最も深刻な敵対関係にさえおちいりかねない。

 それはいつか欺かれるのです。
 他を欺くのみならず、己を欺く。
 われとわが身を窮地へ追いこむような作用をもっています。
 この上なく美しく、しかもおそるべきは人間の愛であります」







2012年2月5日日曜日


あたたかくてやわらかくて

なめらかでちいさくて

やさしくてかしこくて

わたしがかえるとおかえりといってくれて

わたしのいくところどこにでもついてくれて

わたしがねるとふとんにはいってきてくれて

もうそろそろおきたらとおこしてくれる


あなたがわたしの人生にあらわれてくれてよかった

あなたがあらわれてわたしの孤独にふたがついた

ありがとう